「心の思春期は生きている限り続く」
「大人も間違える。だから、
他人の間違いを許せる大人になろう。」
先ごろ終了したドラマ
『ゆとりですがなにか』で
脚本のクドカンこと宮藤官九郎が
いちばん伝えたかったメッセージのようだ。
どうりで登場人物たちが
次々と間違いをおかしていたのか。
それは置いといて
わたしはそれに付け加えたい。
間違いは許せる。
でも帳消しにはならね~よ!
わたしが派遣社員をしていた
数年前のこと。
派遣先の先輩は(30代女性)
愛嬌があって面倒見の良い人なのだが
新人や特定の人にいじわるをしていた。
わたしも入りたてのころ、
無視されたり
「フン!」と昭和のマンガのような
ベタな対応をされた。
気まぐれな彼女は
機嫌がすこぶる良い日には
満面の笑みで世話を焼いてくれた。
時とともに
わたしに対する
いじわるはなくなり、
最終的には
サシで飲むほど打ち解けた。
そのたびに思っていたことは
いや、これは
わたしの心の闇ではなく
その思考回路が
ただ知りたいだけなのである。
DV野郎にも共通する、
何かひどいことをした後に
優しくフォローしたり
あるいは
何事もなかったかのように
振る舞うことで
チャラにできると本気で
思っているのだろうかと。
いちど相手の耳に届いた言葉は消せない。
やってしまった行動は戻らない。
よく男女の恋愛観で例えられる
「上書き保存」ではなく「別名保存」ですから。
悪事がすこし薄くなっただけですから。
でも透けて見えてますから~。
大人でいいトシなのに
人にいじわるするのはやめましょうね。
ドラマの話に戻ります。
最終回のラストは
「間違い」を乗り越えて結婚した
主人公夫婦が
居酒屋でうっかりお皿を割り、
店員達の「失礼しましたあ!」という声で
ふんわり終わるのだけど
割れたお皿は
元には戻らね~よ!
というメッセージを受け取ったのは
わたしだけでしょうか。
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