いくらなんでも35歳 もうアラフィフ編

いくらなんでも35歳までには結婚すると思っていた40代おひとりさま絵日記。

運動音痴が「生きる教材」となるまで

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前回記事のとおり運動神経が無い私であるが、高校時代は無謀にも器械体操部に属していた。

 

20代のとき、体操部の元顧問の先生に高校卒業後はじめてお会いした。
先生を囲む会だったと思う。超明るくて元気な体育教師だった先生を慕い、部活やクラスに関係なく縁のある同級生数人が集まった。

そこで先生から思いがけないことを聞かされた。

 

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運動神経が鈍いことは自覚していたつもりだが、
生きる教材になるほどだったとは…。
でもこの運動音痴が、若人のお役に立てたなら光栄ですわ…。

ちなみにキャプテンだったのは、
5人ほどいた同級生たちが次々に辞め、3年生はひとりだったから。
最後にひとり戻って来てくれて助かったが。

ポンコツ過ぎて辛いことや情けないことばかりだったけど、体操部の経験がいまの健康を支えているような気がする。
運動音痴とは不釣り合いな筋肉が、身体の一部に残っているし。
元体操部でなければバレエもマイナスからのスタートで、ここまで続けられなかったかも。
あれから30余年を経て、ようやく
数少ない成功体験だったのではと思いはじめている。

 

今は故人となられた先生、ポンコツ部員を指導してくださってありがとうございました。

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体操部入部はコマネチがきっかけでした。
数年後に地元開催国体を控え、無関係?の私まで県の強化合宿に駆り出されるのがかなりストレスでした。トホホ。